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暮らし 中高熟年の暮らし

シンプルに中高熟年の暮らし

60歳は熟年ですか? 最近は寿命が伸びすぎちゃって何歳からって曖昧ですね。

 

私の父は64歳で死んだものでちょっと心配になってきて遺伝もあるだろうし、、、妻も40代で逝っちゃったし、ならば人生楽しまなくちゃって強く思いましてね。こういうブログになりました。

 

人生、もう1回、旧に復するのではなくて、新たに作り直して再生しようかと・・・これからの中高熟年の暮らしは

「こうしてみたい、ああしてみたい」

「そうだこう生きていこう」

「あの世には何にも持っていけないのだから溜め込むだけの物欲はもうやめる! 」

「いまこの瞬間に使うもの、またはせいぜい1年先を読んで賢く生きたいものだ」

 

何処まで行くか、往けるのか? それを楽しむのだ!

 

そうね、最期かもしれないけれど、何処までいけるか分からんけれど、できることなら最期は前向きに倒れたい。(できればピンピンコロリ希望!)

 

なんてな!
(あの、いかりや長介さんのセリフが好きなもんで!)

 

再婚したって、独りでずっとだって良いじゃないか!

そんな独りで言いたいこと主張したいことをドンドン書いていこ。

そんなカテゴリーです。

 

生きているうちにしたいことってけっこう頭の中で湧き上がってくるんです。

意外と人生もう1回くらいいける! ってこと多々ありまして、書こうかなって。

 

昔できなかったこととか、やってみたかってけれど、指を咥えて通り過ぎて行くのを眺めるしかできなかったことを今ならずっと口の中にあったふやけて指でも手が届くかも・・・なんて思うわけでございます。

そんなことを書いていきますわ。

 

 

なんてな!

またな!

お金の金数学

人生還暦60歳、独身から始めるあれやこれ、そのためのお金や仕事

60歳は熟年ですか? 最近は寿命が伸びすぎちゃって何歳からって曖昧ですね。 少し違ってきているように筆者は思う。 ただ、熟年ではないとしても、人生100年時代到来としてもその終わりは近づいていてきていることは肌でも身体の動きでも自覚できてくるもので、同年代でまだその加配を感じない人の強靭なこと。 でもなどんなに強くてもポキっと折れることもあるわけで気づかないよりは早めに気づいて対処しながら歩いていくほうがちょっと懸命じゃないか? と〈筆者ヒトリミMoai〉は思っている。
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